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慶應入試落ちて考えた情報番組のコメンテーターという職業のあり方。

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華山宥
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今日は、慶應の大学院入試に落ちた話をしよう。

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入試、落ちた。

慶應の院試に落ちた。筆記試験は余裕で合格したが、面接で落ちてしまった。でも、腑に落ちない点がある。もとより、圧迫面接だった。

「ここ落ちたらどうします?」

「なにが言いたいの?面白くない」

「落ちたらどうするの」

バンバン飛んできた。その中でも気になった質問がこれだ。

 

「入学後、卒業してどうなりたいですか?」

 

 

僕はこの質問に、こう答えた。

「コメンテーター」

 

 

これは元々、出願時の履歴書にも書いた答えだ。しかし、

「卒業してコメンテーターにすぐなれる訳ではないですよね?」

と間髪いれずに聞いてきた。ボクは当たり障りもなくこう返した。

 

「就職して実務経験積んでなります」

何かになるのに下積みは必要?

これは本心ではなかった。振り返ると、答え方を間違えたなと思った。気になるのは、「卒業後コメンテーターなどすぐなれるわけない」と言われた点だ。

圧迫教授の言いたいことは分かる。
教授たちも積み重ねたものがある。

しかし、「卒業後に就職経験を積み一人前になってから花形職に就く」という考えはナンセンスだと思う。教授には、「コメンテーターになるには、様々なプロセスを経る必要がある」という偏見があるようだ。

僕の考えでは、一人前になる必要はない。半人前でやってみればよいと思う。もちろん、博識と呼ばれるコメンテーターには足元には及ばない。むしろ、そうならなくてもよいのではないだろうか。世の中には「学生コメンテーター」も存在するし、某ワイドナショーも芸能人がコメントしている。

専門家ではなくても、コメントはできるしコメントにまた違う面白さがあるのではないだろうか。もちろん、やるからにはその都度知識をアップデートする。つまり、勉強しながら、視聴者と一緒に成長していくコメンテーターだ。

ではどうするのか

現代には、インターネットテレビがある。番組を見たい人だけが集まるコミュニティ化している。
僕は面接で、その「コメンテーター」のことを指して言ったのだ。

万人に対して解説者である必要はない。知りたい人たちだけに情報を噛み砕いて説明する。そして、時には知りたい人たちの輪に入って一緒に勉強する。

そういった、コミュニティの中で「コメンテーター」なればいい。

「その分野に精通した専門家」と「知りたい人」を繋ぐ。

そういった存在になればいい。そして、時には一緒に学ぶことができる関係でいること。

結論:ボクは、インターネットの生配信を使って勉強会のようなコミュニティを作る。

ボクが修士号を使ってやりたいことの1つだ。

華山宥
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華山未来研究室

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